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犬本番猫支度

Simple and Clean

名曲に結びつく思い出

学生のころ、自分の気持ちを変えるために音楽に頼ることはなるべくしたくないな、できるだけ平穏な気持ちで音楽には接したいな、と思うことがあった。自分の感情を排除して音楽に対することが、アーティストへの礼儀だと考えていた。けれども憂鬱な気持ちを吹き飛ばしてしまうために音楽に頼ってしまうことはよくあって、曲を再生させる度に少し申し訳ない気分になっていた。

何度も同じ曲に頼ってしまううちに、憂鬱な気持ちとその曲が結びついてしまい、ポジティブな気分にさせてくれるはずの曲にネガティブを連想してしまうようになることもあった。自分をポジティブにするために、私はその曲を「消費」してしまったのだ。そのことにショックを受けて自己嫌悪に陥ってしまう、そんなことを繰り返していた。ネガティブになることが多い自分には音楽を楽しむ資格がないんじゃないかとすら考えていた。

そんなことで悩んでいた中、自分にとっての名曲を思い返すと必ず当時の思い出が結びついていることに気付き、気持ちに結びつかない「自分にとっての名曲」が存在しないことが分かった瞬間があった。カラオケで自分が歌う曲を選んでいたとき、自分が選ぼうとしている曲には全て自分の中に情景があることに気付き、その情景が自分にとっての曲の魅力になっていることが突然理解できたのだった。カラオケが、音楽を通して思い出を共有していくイベントだったころの話だ。

沢山のミュージックライブラリからある曲を選んで再生する。ランダム再生ではなく特定の曲を選ぶその行為は、完全に私の気分による判断であって、そこには必ず「この曲を聴いて○○になりたい」という気持ちが含まれている。思えば、平穏な気持ちで音楽に接するなんてできたことはなかった。常に何かに悩んでいたり、不安を抱えていたり、心を動かされていたりしていて、音楽はそういった気持ちの風向きを変えるものだった。音楽を聴いた自分から湧き起こる感情や、過去にその音楽を聴いたときに結びついた記憶が入り混ざって、私の中の名曲は作られていった。

皆が口を揃えて言う「名曲」も、きっと一人一人の中で意味は違う。結婚ソングとして有名な名曲も、ある人にとっては失恋から一歩踏み出すための名曲だったりするのだろう。自分に取っての名曲が誰かにとっての名曲でもあったとしても、きっとその曲に紐付いている思い出は違う。それでも、その曲の感想を誰かと共有しながら、名曲の新たな一面を考えていくことはとても楽しいし、実は同じライブを観て感動していたりすることが分かったりしたらすごく嬉しいと思う。