犬本番猫支度

Simple and Clean

映画と教訓

「ハッピーエンドとバッドエンド、どっちの映画が好き?」と訊かれたときの正しい回答は「どっちの映画も好きだけど、映画を観てるときはハッピーエンドになって欲しいと思ってる」かなと思うけど(いま適当に考えました)、本音を言えば映画の結末がどちらであるか自体、あまり興味がない。

決められたエンドに向けてストーリーが登場人物を露骨に導いていく物語は好きじゃないから、ハッピーエンドでもバッドエンドでもない「よく分からないエンド」が強いて言えば私の一番の好みだ。そもそも、映画がハッピーエンドかバッドエンドかなんて観客それぞれの主観だしね。主人公の死と引き替えに世界が救われたとしたら、それはハッピーなのかバッドなのか、どっちなんだろう?

好きな映画は色々あるけれど、その中から自分にとっての特別な作品をピックアップしようと思ったときに、何か教訓めいたものが得られる映画を選んでしまうのは、きっと私の中の映画のイメージが「教訓が得られるもの」だからなのだろう。登場人物の真似をしてみたい、心意気を借りたいと思えるような、私に示唆を与えてくれるような映画を「教訓めいたものが得られる映画」だと私は考えていて、登場人物がストーリーを牽引する映画こそが好きだ。だからストーリーがどう終わるか、といった点にはあまり興味を持てないのだった。

(でも不思議なことに、小説を読むときに「教訓めいたものを得たい」と思うことはないのだった。好きな作家の小説が原作になった映画が楽しめない現象は、もしかするとメディアによって私が求めるものが違っているからなのかもしれない)

「どんな映画が好き?」って質問に「ハッピーエンドの映画」と答える人は多いと思うけど、そういった人の好きと、私の好きが交わる可能性は低い。これは観点が違うのだから仕方ない。

映画を好きになるポイントは人によって違うし、同じ映画を好きになったとしても、その映画のどこが好きなのかまでは一致しないことがよくある。それって他の人の好きなポイントを参考にして、自分の好きな作品をもっと好きになることができるってことだよね! と超ポジティブに捉えることもできるんだけど、実際のところは、二人で映画を観に行っても、映画の感想の話が全然かみ合わなくて盛り上がらないなと思うことになります。誰かと映画を観に行くのって難しい、という話でした。