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犬本番猫支度

Simple and Clean

何時だろうと冬は寒い

布団の中の自分の温もりだけを頼りにしているとき、部屋から出て白い息を吐きながら目的地に向かっているとき、そんな冬の私は毎日のように自分が孤独であることを意識している。私の周囲十センチ以外は全部敵! みたいに容赦なく寒波を押しつけてくる冬の空気は、私が他ならぬ私の熱量によって生かされていることを再認識させてくれる。

冬の夜は静かで、私は高校生のころにひたすら深夜の受験勉強をしていたことを思い出している。午前二時に部屋で一人FMを聴きながら勉強をしつつ、この自分の部屋が実は旅する宇宙船だったら面白いなあ、なんて妄想をしていた。反復練習が必要な勉強を機械的に行いながら、自分の財布の残高を思い出してどのCDを買うべきかを考えていた。早く大人になりたいと思っていたし、勉強をし続けていれば順調に大人になれると思っていた。平凡な人生を送りたくない、となんとなく思っていたけれど、自分の沿っているレールが平凡行きであることには気付いていなかった。一年後の自分すら具体的に想像することができていなかった。でも私の未来には不安はなかった。漠然とした未来への希望が不安に勝ってしまえる年頃だった。

冬の夜に想像してみる自分の未来はいつも私一人だけで、それはきっと冬の孤独感とリンクしている。孤独感自体は悪いことじゃないけど、その反対にさみしい感情が薄れてしまったせいで簡単に人間関係を手放してしまう。さみしいから維持している人間関係なんて所詮その程度の縁だしね、とか冷たいことを考えてしまうのが冬の私だ。孤独感を感じたのなら、むしろ人恋しくなってしまってもおかしくないのに、そこでさみしくならないのはきっと冬の寒さのせい、じゃなくてこれは単に私の性格なんだろうな。冬の寒さが私の本心をさらけ出させてしまっているのだろうか。

春が来て暖かくなってくると孤独感も薄れてしまうから、きっとまた人恋しくなったりするんだろう。春夏秋冬それぞれで私の行動パターンは違ってしまっていて、夏に許せたことが冬に許せなくなったり、夏に忘れていたことを冬に思い出したりする。季節のサイクルに影響されることで、普段なら考えないことを想像してみたり、思い切ったことをやってみる勇気が湧いたりしているのなら、その気持ちの振れ幅は私の生活を面白くする大切な部分だと思う。冬の傲慢な孤独感だって、夏の大雑把な判断力だって、それで生活に変化が生まれているのなら必要だ。寒くても暑くても、その季節を愛していきたい。

そんなことを延々と考えてしまう冬の布団の中だった。寒い。