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犬本番猫支度

Simple and Clean

積読の理由

積読(買った本を読み終えず積んだままにしてること)の大きな原因は、本を読むペースより買うペースの方が速いからだけど、きっとそれだけじゃないと思う。積読している本を本屋さんで見かけて、今すぐに読みたくなってしまって困ったけど、二冊目になるから買わなかった。でも、家に帰ってその本を手に取る気にはなれなかった。なんだこれ。あのとき感じた今すぐ読みたい気持ちはどこに行ったんだ。

その本にお金を出して買うって高いハードルは越えたのに、その本を家に持ち帰ってしまうとページを開く気になれないことがある。本屋さんでたくさんの本の中からそれを発見した時には唯一無二の魅力を感じられたのに、手に入れたらその魅力を感じられなくなってしまうってそんなの、お前の性格に難ががあるんだよ浮気者って言われそうだよな。ページを開いて読み進めて、ちょっと今の私の気分に合わないなって感じて積んでしまったんならまだ理解してもらえる余地があると思うんだけど、私の場合は一ページも読まずに積んでるんだから、ちょっとおかしい。

積読の山を眺めながら「もう本の衝動買いはしない」って誓うけど、家で積まれている本より本屋さんに並んでいる本の方がどうしても魅力的に思えてしまう私。人生は短いんだし今読みたい本を読まなくてどうする、と思って、悩んで、買って、やっぱり、積むよね。一度悩んでしまった時点で買ってもどうせ積むことは内心分かっていたんじゃないかと後から思うけど、買わないと悩み続けるばっかりだし、買うしかないんだよ結局。こうして私は反省することなく、ただ積読は厚みを増していくのだった。

映画館で観る映画がありがたいなと思うのは、だいたい二時間でその作品を観終わることができるから。その場で終わるエンターテイメントって楽だよね。音楽のライブとかスポーツを観たりとか、空間と時間も買ってその中に飛び込んで楽しめるのがいい。私は自分の時間の管理が下手なんだよ。

買った本のページを開く気になれないのは、自分をその本の物語に飛び込ませていく勢いが、私の中に無くなってしまっているからかもしれないなと思った。本屋さんでページをめくって読む文章と、買った本のページをめくって読む文章は、私の中では受け取りかたが違っている。オーロラの写真を見て「素敵だな」と素直に思う気持ちと「オーロラ見に行くのって大変だろうな」と現実的に思う気持ちくらい違う。現実離れしていて魅力的だなと思った物語でも、実際にその物語に入り込んでいくためには、私の中で準備と度胸が必要なのだった。

自分を忘れて物語に没頭していくのは大変なんだよ。大人になった私は現実に気がかりなことをたくさん残してるから、物語の世界へ遠出してしまうことをついためらってしまう。一度に最後まで読み切ってしまえない物語の場合は、現実と物語の間を何度か行き来する必要があるけど、遠い世界の物語だとその往復が大変なんだよね。疲れてしまって、物語の世界に自分の気持ちを連れて行けなくなる。そんな気持ちをひっくるめて私は「今この本を読む気分じゃない」って思ってしまっているんだと思う。振り返ってみると、私の現実に近い物語の本はさっと読めたりしてるから、きっとそういうことなんだろう。

そんな風に納得してしまうと不思議なもんで、私は積読してる本が急に読みたくなってきたのだった。私が立てた仮説を否定したがる、もう一人の私の存在を感じる。なんて不器用なんだ私! と仮説を立てた私は思うけど、読みたい気持ちが蘇ってきたんならもう何だっていいよね。