犬本番猫支度

Simple and Clean

今となっても辛い思い出

昔の辛かったことを思い出したときに「今となってはいい思い出だ」って感じてしまうことが許せない。辛かった気持ちを忘れたからそう思えているだけで、当時の私に言わせればそんなの歴史の改ざんでしかない。辛かった思い出は辛かった思い出として思い出し続けなきゃと思う。なんて思っていても、時間が経つと辛い気持ちを忘れてしまうのが人間だ。忘れたくない気持ちは何かの形に残しておく必要があるんだろうな。

言葉にした気持ちをネットで公開することができるようになり、私はそのときの記憶をネットに留めておくことができるようになった。紙の日記に書くような誰にも見せないことを前提とした言葉と、ネットに公開する誰かの視線を意識しながら書いた言葉は違う。ネットに公開することは、自分の気持ちを足跡として残していくことだ。言葉を後から訂正することはできるけど、その言葉自体を無かったことにすることはできない。そのことが私の言葉に責任を伴わせていくし、未来の私へすこしの余韻を残していく。感情を込めた言葉を残してしまうと「黒歴史」だって後から恥ずかしく感じてしまうかもしれない。でも怖がって歴史を何も残さなかったら、未来の自分は無意識で好き勝手に過去を美化できてしまう。だから言葉は残し続けていかなきゃならない。

実際には辛いときに「つらい」ってそのまま書くことはなくて、私の場合「楽しくなってきた」とか「犬の動画を見続けている」みたいな、全然違う言葉が近況としてSNSに流れていくんだけど、未来の私はきっと、この言葉を読み返して当時の辛さを思い出せる。そのまま感情を書けないのが私だし、感情を正しく書き残したいからむしろ言葉を選ぶのが私だし、きっと誰だってそうなんだ。過去の私も今の私も未来の私もそれを理解してる。言葉の上辺だけで誰かを理解したつもりにならないためにも、自分が上辺だけの言葉を選ばないように心がけなきゃいけないなと思う。

気持ちを言葉にするって大切だ。切実な言葉を生み出そうと悩んでいるからこそ、切実な言葉を汲み取れるようになる。正しい理解じゃなくても誰かの言葉に対して想像を膨らませられることは素敵だから、気持ちを言葉にすることには悩み続けていきたいなと思う。