犬本番猫支度

Simple and Clean

ワン

ナンバーワンだってオンリーワンだって、そもそも存在が認識されなきゃワンにはなれないんだよね。大勢の中からワンになるより、まず大勢として認識される方が難しいから、どんな手を使ってでも誰かに認識して貰おうって思いがち。ザ・承認欲求。私はナンバーワンになりたいなんて思っていないけど、誰かに私の存在を感じて欲しいとは思っていて、それは誰かにとっての特別な「ワン」になりたいってことなのかもしれないなと思っていた。

仕事を休めないって思ってしまう気持ちに対して「自分がいなくてもその仕事は回る」ってアドバイスをもらった時、ちょっと反発したくなってしまうのは、自分がいなくちゃその仕事が回らないんだって思い込みたいからなんだろうな。頑張って仕事してるのに、そんなの誰かが代わりになれる仕事だよって言われたくはないよね。自分の仕事が自分にしかできない仕事であって欲しい、他の誰もができない仕事だと思いたいのは、自分の仕事を自分の居場所にしたいって思っているからだ。何かのワンになることは、自分の居場所を作ることなんだろう。

自分の居場所を作ることは、誰かにとってのかけがえのない存在になることなんだろうか。ナンバーワンになれなくても、かけがえのない存在になることはできるかもしれなくて、ナンバーワンであり続けることが難しくても、かけがえのない存在であり続けることはできるかもしれない。代用ができない存在になる一番簡単な方法は、誰の真似もしないってことで、つまり個性的な存在になるってことだと私は無意識に考えていた。

でも「個性を大切にして生きていきましょう」って生徒に呼びかけた、私が中学生の時の英語の先生すら、個性的に生きていく方法は教えてくれなかった。個性的な生き方は誰かから教えてもらうもんじゃないって気付くのにも私は時間がかかってしまったよ。そもそも、個性的に生きていける人と、そうはできない人が世の中にはいる。中学校を卒業して、進学したり就職したりしていくうちに、私たちはそれぞれ個性的な存在になっていくんだろうなって子供の頃は思っていたけど、個性的に生きていける人なんて一握りだったし、きっと個性的に生きていくことにも才能が必要だったんだろうな。

でもそもそも、人生が個性的かどうかって、それは私自身が判断できるもんじゃないよね。本来。たくさんの誰かの価値観によって個性的かどうかが決められるんだとすると、個性を尊重する気持ちって呪いだ。個性的に生きていくとか、平凡に生きていくとか、そんなのは誰かの価値観での違いであって、その生き方が自分にとって幸せだって思えることの方が大切だ。誰かと同じであることも、誰かと違っていることも、大切な価値観の一つだけど、それは自分の幸せより優先すべきことじゃない。

歳を取ることに競争意識がなくなってくるのは、体力や熱意が下がってしまったからじゃなくて、誰かと競争するよりも優先すべきものが分かったからかもしれないな、って思いながら少しずつ年齢を重ねている最近です。